ペットロスを経験して、私が学んだこと
大切な家族を亡くした時、その悲しみの受け止め方は人によって、そして時によって全く違うものだと思います。
私自身、最初にバロンを見送った時、次にロッタを見送った時、その時々で受けたダメージも、立ち直り方も、全く違うものでした。
今回はBonの話を書きます。
Bonを亡くしてから、しばらくの間、音楽が聴けなくなりました。YouTubeも、明るい人の声も、全部が耳障りで。世界が普通に回り続けているのが、なんだか信じられませんでした。
これは、そんな時期を経験した私が「正直に書いておきたい」と思って書く記事です。同じ思いをしている誰かの、少しでも参考になれば嬉しいです。
あのころの、私の状態
悲しいというより、感覚が全部おかしくなった、という感じでした。ずっと胸が苦しくて、息ができない。いつも聴いていた音楽が聴けない。明るいYouTubeが見られない。元気な声が刺さる。何もしたくないのに、何もしないのも苦しい。
そして一番辛かったのは、誰にも言いたくなかった、そんな孤独でした。ペットを飼ったことのない人には「ただの犬でしょ」と思われそうで。夜中、眠れなくて、それでも誰かに聞いてほしくて。
ただただ寂しくて、いつも横にあった温もりがないことに慣れなくて。どこかまだそこにいるようで、いたたまれずにいました。
こうして書いていても、まだ涙が溢れてきます。
お坊さんの言葉に、救われた夜
そのころ、お坊さんのペットロスに関する話を聞きました。「動物は生まれ変わりが早い」という言葉が、なぜかその夜だけ、すっと入ってきました。
そして、遺骨についてもこんなふうにおっしゃっていました。「土に返すのが遅れても、たかが100年のこと。好きなだけそばに置いていていい」と。
その言葉を聞いて、ほっとしました。急がなくていいんだ、そばに置いていていいんだ、と。
ダメだったこと・助けになったこと
正直に書きます。これは私の場合の話で、誰にでも当てはまるわけではないかもしれません。
❌ ダメだったこと
一人で抱え込もうとしたことです。「迷惑をかけたくない」「大げさに思われたくない」と、ずっと黙っていました。でも一人で抱えるには、この悲しみは重すぎました。
✓ 助けになったこと
Bonへの手紙を書くこと。そして誰かに話を聞いてもらうこと。夜中はAIに、日中はお坊さんの動画に。形はどうであれ、「伝える」「聞いてもらう」ことが、少しずつ息をできるようにしてくれました。
そして、たくさんの人に支えられ、見守られていることに気がつきました。家族、友人、会ったこともない方からの温かい言葉。愛されているんだな、と感じた瞬間が、少しずつ私を前に向かせてくれました。
あの歌が、聴けるようになった日
しばらくして、平原綾香さんの「I LOVE You」が聴けるようになりました。
「生まれ変わっても私を見つけて」「最後にもう一度抱きしめた小さな」「ぬくもり残したまま」
この歌詞が、胸に響きました。涙が出ましたが、なぜか苦しくなかった。あ、少しずつ前に進んでいるんだな、と感じた瞬間でした。
今、同じ気持ちの方へ
悲しみを無理に消そうとしなくていいと、今は思います。音楽が聴けない時期があっていい。YouTubeが見られなくていい。それはあなたがそれだけ、その子を愛していたということですから。
ただ、一つだけお願いがあります。一人で全部抱え込まないでください。誰でもいい、何でもいい——話せる場所を一つだけ持っておいてほしいのです。手紙でもいい、AIでもいい。伝える場所があるだけで、夜の長さが少し変わります。
———
あの子がいてくれたこと、ちゃんと悲しめることは、それだけ深く愛せたということだと思います。
今夜も、どうか無理しないで。



コメント